虚数単位と複素数体
i2=−1 を満たす数 i を虚数単位と言い, 形式的に i=−1 とも書く.
2 実数 x,y∈R を係数とした 1,i の線形結合 x+yi を複素数といい, 複素数の全体を C と書く. 複素数 z=x+yi の x=:Re{z}, y=Im{z} をそれぞれ z の実部 real part, 虚部 imaginary part という.
複素数 z=x+yi に対して, z∗:=x−yi を z 複素共役といい, 複素数 z の絶対値 ∣z∣ を ∣z∣2:=z∗z=x2+y2≥0 で定義する.
三角関数と指数関数
複素数 z に対する三角関数 cosz, sinz を以下で定義する:
coszsinz:=n=0∑∞(2n)!(−1)nz2n:=n=0∑∞(2n+1)!(−1)nz2n+1=1−2!z2+4!z4−6!z6+−⋯,=z−3!z3+5!z5−7!z7+−⋯.
また, 指数関数 ez (または expz) を以下で定義する:
ez:=n=0∑∞n!zn=1+z+2!z2+3!z3+⋯.
これらは実数における三角関数と指数関数の自然な拡張である.
指数関数と三角関数について以下が成立する:
eiz=cosz+isinz,cosz=2eiz+e−iz,sinz=2ieiz−e−iz.
複素平面と極形式
複素数 z=x+yi∈C に対し, (x,y) を点とする R2 平面を複素平面といい, この R2 と C を同一視する. たとえば, 原点 O=(0,0) から点 (x,y) までの距離は x2+y2 で複素数 z の絶対値 ∣z∣ と同じである.
z=∣z∣eiθ=∣z∣cosθ+i∣z∣sinθ のような形で与えられる複素数を極形式といい, θ を偏角という: 実際, 複素平面上では点 (∣z∣cosθ,∣z∣sinθ) に対応し, 極座標では (∣z∣,θ) である. したがって,
x+yi=∣z∣eiθ⇔∣z∣2=x2+y2,cosθ=∣z∣x,sinθ=∣z∣y
都合の良い偏角の範囲を偏角の主値といい, argz と書く: たとえば 0≤argz<2π や −π<argz≤π など.
複素微分
複素関数 f(z) の点 z における微分は
dzdf:=Δz→0limΔzf(z+Δz)−f(z).
定義式の極限値が存在するとき, f(z) は z で微分可能であるという.
f(z)=u(z)+iv(z) が z=x+iy で微分可能である条件は, u(x,y):=u(x+iy), v(x,y):=v(x+iy) として, 以下の方程式が成立することである. これを Cauchy-Riemann 方程式 Cauchy-Riemann equation という:
∂x∂u=∂y∂v,∂y∂u=−∂x∂v.
実際, 微分の定義式において Δz=∣Δz∣eiθ とすると, f(z) が z で微分可能であるための条件は, この値が θ によらないことである. したがって,
dzdf=∣Δz∣→0lim∣Δz∣e−iθ[f(z+∣Δz∣eiθ)−f(z)]=∣Δz∣→0lim∣Δz∣e−iθ[u(x+∣Δz∣cosθ,y+∣Δz∣sinθ)+iv(x+∣Δz∣cosθ,y+∣Δz∣sinθ)−u(x,y)−iv(x,y)]=∣Δz∣→0lim∣Δz∣e−iθ[∂x∂u∣Δz∣cosθ+∂y∂u∣Δz∣sinθ+i∂x∂v∣Δz∣cosθ+i∂y∂v∣Δz∣sinθ+O(∣Δz∣2)]=(∂x∂u+i∂x∂v)e−iθcosθ+(∂y∂u+i∂y∂v)e−iθsinθ=(∂x∂u+i∂x∂v)e−iθ(eiθ−isinθ)+(∂y∂u+i∂y∂v)e−iθsinθ=(∂x∂u+i∂x∂v)−(i∂x∂u−∂x∂v)e−iθsinθ+(∂y∂u+i∂y∂v)e−iθsinθ=(∂x∂u+i∂x∂v)+[(∂y∂u+∂x∂v)−i(∂x∂u−∂y∂v)]e−iθsinθ.
正則関数と特異点
関数 f(z) が z とその近傍で 1 価関数かつ微分可能であるとき, f(z) は z において正則という. f(z) が領域 D 内の全ての点で正則であるとき, f(z) は D において正則という.
f(z) が正則でない点を f(z) の特異点 singularity という. また近くに特異点が存在しない特異点を特に孤立特異点といい, 以下の二つに分類される:
- N 位の極: 自然数 N に対し, その点のまわりで関数 f(z) が (z−a)N1 のように振る舞う特異点.
- 真性特異点: 形式的には ∞ 位の極.
- 分岐点: その点を中心とする閉曲線に沿って一周するとき, 周回の度に値が変わるような特異点.
リーマン面
ある関数に関し, その点を中心とする閉曲線に沿って一周するとき, 周回の度に値が変わるような孤立特異点を分岐点といい, このような関数を多価関数という. たとえば, f(z)=z1/2 は 2 価関数である: z=eiθ とすれば e0i=e2πi=1 であるが, f(z)=eiθ/2 より f(e0i)=e0i=0, f(e2πi)=eiπ=1 で f(1)=0,1 である.
複素積分
関数 f(z) の経路 C に沿った積分は
I=∫Cdzf(z).
または, 関数を f(z)=u(z)+iv(z), 経路を C(t)∈C として,
I=∫dtf(C(t))=∫dtu(C(t))+i∫dtv(C(t)).
領域 D で正則な f(z) を, その境界である閉曲線 ∂D で積分するとその値は 0 になる. これを Cauchy の積分定理という:
∮∂Ddzf(z)=0.
実際, z=x+iy, f(z)=u(x,y)+iv(x,y) に対し,
∮∂Ddzf(z)=∮∂D(dx+idy)[u(x,y)+iv(x,y)]=∮∂D{dx[u(x,y)+iv(x,y)]+dy[iu(x,y)−v(x,y)]}=∮∂D[dxu(x,y)−dyv(x,y)]+i∮∂D[dyu(x,y)+dxv(x,y)]=∬Ddxdy[−∂x∂v−∂y∂u]+i∬Ddxdy[∂x∂u−∂y∂v](∵Green の定理)=0.(∵Cauchy-Riemann 方程式)
Cauchy の積分定理より, 積分は経路を特異点を越えない連続的な経路の変更に対して不変である: C↦C′ の経路変更に対して, 内部領域 D で関数 f(z) 正則であるから,
∫Cdzf(z)↦∫C′dzf(z)=∫C′+Cdzf(z)−∫Cdzf(z)=∫Cdzf(z).
領域 D で正則な関数 f(z) について, z=a∈D を囲む D 内の閉曲線 C に対し以下が成立する. これを Cauchy の積分公式という:
f(a)=2πi1∮Cdzz−af(z).
実際, z=a を中心とし D 内に含まれる半径 ε の円 S に対し, C と S を巡り内部が正則であるような閉曲線 C′ について Cauchy の積分定理より,
∮C′dzz−af(z)=∮Cdzz−af(z)+∮Sdzz−af(z)=0.
∴∮Cdzz−af(z)=∮Sdzz−af(z)(z=a+εeiθ,dz=iεeiθdθ)=∫02πdθiεeiθεeiθf(a+εeiθ)=i∫02πdθf(a+εeiθ)=i∫02πdθ[f(a)+O(ε)]=2πif(a)+O(ε).
ここで ε は任意だから, ε→0 の極限で Cauchy の積分公式が得られる.
Cauchy の積分公式の条件下で, 以下が同様に成立する. これを Goursat の定理という.
f(n)(a)=2πin!∮Cdz(z−a)n+1f(z).
これは Cauchy の積分公式を a で n 回微分することで得られる.
冪級数
複素数の冪級数
f(z)=n=0∑∞cnzn=c0+c1z+c2z2+⋯
について, これが収束する条件は n→∞ の極限で ∣cnzn∣>∣cn+1zn+1∣ であるから, 収束半径と呼ばれる実数
R=n→∞lim∣cn+1∣∣cn∣
に対し, ∣z∣<R で f(z) は収束する: 実際,
R−∣z∣=n→∞lim(∣cn+1∣∣cn∣−znzn+1)=n→∞lim∣cn+1zn∣∣cnzn∣−∣cn+1zn+1∣>0.
z=a において正則な関数 f(z) を以下の冪級数に展開することができる. これを z=a まわりの Tayler 級数展開という:
f(z)=n=0∑∞An(z−a)n=A0+A1(z−a)+A2(z−a)2+⋯An=2πi1∮Cdζ(ζ−a)n+1f(ζ)=n!f(n)(a).(∵Goursat の定理)
ただし z=a を中心として f(z) が正則である最大の半径 R の円領域 D に対し, C は z=a を囲む D 内の閉曲線. また収束半径は R. 実際, Cauchy の積分定理より C=∂D として十分, Cauchy の積分公式より
f(z)=2πi1∮Cdζζ−zf(ζ)=2πi1∮Cdζζ−af(ζ)1−ζ−az−a1=2πi1∮Cdζζ−af(ζ)n=0∑∞(ζ−az−a)n=n=0∑∞(z−a)n2πi1∮Cdζ(ζ−a)n+1f(ζ).
ただし, ∣z∣<1 に対し以下が成立することを用いた:
n=0∑N−1zn−zn=0∑N−1zn=1−zN.∴n=0∑N−1zn=1−z1−zNN→∞n=0∑∞zn=1−z1.
z=a を極あるいは真性特異点として持つ関数 f(z) を以下の冪級数に展開することができる. これを z=a まわりの Laurent 級数展開という:
f(z)=n=−∞∑∞An(z−a)n=⋯+z−aA−1+A0+A1(z−a)+⋯,An=2πi1∮Cdζ(ζ−a)n+1f(ζ).
ただし z=a を中心として f(z) が正則である円環領域 D に対し, C は z=a を囲む D 内の閉曲線. n<0 項を f(z) 主要部という.
留数定理
z=a まわりの Laurent 級数展開 f(z)=∑n=−∞∞An(z−a)n において, n=−1 の項の係数
Res(a):=A−1=2πi1∮Cdzf(z)
を留数 residual といい, 次の留数定理が成立: f(z) が閉曲線 C 内で有限個の特異点 a1,…,aN を除いて正則であるとき,
∮Cdzf(z)=2πin=1∑NRes(an).
実際, 特異点を z=an のみ含む閉曲線 Cn に対し, 留数の定義から
∮Cndzf(z)=2πiRes(an).
C および C1,…,CN を巡り, 内部が正則であるような閉曲線 C′ を考えると, Cauchy の積分定理より
∮C′dzf(z)=∮Cdzf(z)+n=1∑N∮Cndzf(z)=0.∴∮Cdzf(z)=n=1∑N∮Cndzf(z)=2πin=1∑NRes(an).
留数の求め方の例
z=a で正則な関数 g(z) に対し, 以下の f(z) は z=a で特異点を持つ. このとき, f(z) の留数 Res(a) の求め方は以下:
- f(z)=(z−a)ng(z) (n は自然数):
f(z)=(z−a)n1m=0∑Nm!g(m)(a)(z−a)m=z−a1m=0∑Nm!g(m)(a)(z−a)m−(n−1)
より, m=n−1 の項は留数:
Res(a)=(n−1)!g(n−1)(a).
特に n=1,2 のとき
f(z)f(z)=z−ag(z)=(z−a)2g(z)⇒Res(a)⇒Res(a)=g(a),=g′(a).
- f(z)=h(z)g(z) (h(z)=0, h′(z)=0):
f(z)=∑n=1Nh(n)(a) (z−a)n/n!g(z)=z−a1∑n=1Nh(n)(a) (z−a)n−1/n!g(z).
したがって分母の総和の n=1 項は留数:
Res(a)=h′(a)g(z).
定積分への応用
一致の定理と解析接続
2 関数 f(z), g(z) がどちらも領域 D で正則で, D の部分領域 D0 において f(z)=g(z) であるとき, D においても f(z)=g(z) である. これを一致の定理という. 実際, h(z):=f(z)−g(z) の Tayler 展開の係数 {An} を考えると, D0 内の点まわりでの Tayler 展開では h(z)=0 より {An=0}. したがって D0 外の点でも f(z)=g(z) である.
領域 D0 で定義された関数 f0(z) に対し, D0 を含む領域 D で f0(z) が正則かつ, 同様に正則な f(z) が D0 で f0(z)=f(z) であるとき, f(z) を D への f0(z) の解析接続 analytic continuation という. f(z) が存在すればただ一つである. 実際, f0(z) に対し D0 で一致する関数が複数存在する場合も, 一致の定理よりそれらは D において同一の関数である.
解析接続の例
-
1−z1 は C∖{1} への n=0∑∞zn の解析接続 (∣z∣<0 において一致).
-
Re{z}>0 で定義されるガンマ関数 Γ(z):=∫0∞dxxz−1e−x に対し, zΓ(z+1) は Re{z}>−1 への Γ(z) の解析接続である. 帰納的に解析接続を繰り返すことでガンマ関数の Re{z}<0 への解析接続が得られる. 実際, Re{z}>0 で
Γ(z+1)=∫0∞dxxze−x=[−xze−x]0∞+z∫0∞dxxz−1e−x=zΓ(z).